ぼちぼち そこそこ

脱力と諦観でつづるおっさんの日常

お家芸 危機でなくなればもっと危機

本日も時節柄の話題で。
北京五輪柔道の男子100キロ級で鈴木桂治があっさり敗退してしまいました。こうしたときにお約束のように出る論調が「お家芸の危機」です。
データが古くて恐縮ですが、アテネ五輪以前で日本が獲得した金メダル総数は106個(冬季も含む)で、柔道は23個。27個の体操に次いで2位だそうです。
http://www.yomiuri.co.jp/athe2004/kouza/10.htm
前回のアテネ五輪で柔道は金8個、銀2個を獲得しています。柔道は1964年の東京五輪で採用され、女子も1992年のバルセロナ五輪から正式種目になったそうです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%94%E9%81%93
各大会で日本が獲得したメダルのうちに占める柔道の割合や、各大会での柔道メダル獲得者のうち日本選手がどれだけ占有しているかを調べたらいいんですが、この程度でご勘弁を。これに照らしていえば、「お家芸の危機」というのは要するに「日本選手のメダル占有率が低下している」ということだと思います。
自国民として選手のメダル獲得に期待を寄せるのは当然です。その中で、陸上競技などで日本がばんばんメダルをとるのは体格的に難しいでしょうし、伝統的にメダルが見込める柔道に注目が集まるのは当然といえば当然でしょう。
柔道が日本のお家芸なのは、当たり前ですが、日本が柔道発祥の地だからです。日本は先行者としてのアドバンテージがあるということでしょう。「お家芸の危機」というのは、そのアドバンテージが揺らいでいることを意味します。
他方、以下のようにも考えることができるでしょう。お家芸の危機は、柔道発祥の地である日本以外の選手が活躍しているということでもあります。それだけ競技が世界に普及している証左ではないのかということです。
世界での柔道の競技人口はサッカーに次いで2位だそうです。
http://www.judo.or.jp/renaissance/docs/speech/05.03.20kinno.pdf
北京五輪では男子100キロ級で鈴木を破ったモンゴルの選手が優勝し、同国に初の金メダルをもたらしました。柔道の世界的普及を十分に感じることができます。
この普及度というのは重要です。五輪の競技に採用されるかどうかのポイントでもあるからです。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1210989892?fr=rcmd_chie_detail
柔道は競技人口という点ではまったく問題ないでしょう。ただ、あまりにも一国がメダルを独占してしまうようだと、普及が偏っているのではないかと国際五輪委にみなされるおそれがあるようなのです。
ご存じの通り、野球が正式種目なのは北京五輪が最後です。ソウル五輪で公式競技として採用されたテコンドーも2016年夏季五輪で残るかは微妙なようです。両者とも世界的普及度が問題視されているのでしょう。
世界で普及しているから五輪に採用され、自国民としては、世界最高の舞台での選手の活躍に一喜一憂できるというわけです。そう考えると、お家芸があまりに隆盛するようなら極端な場合、五輪競技でなくなってしまい、テレビ観戦も楽しめなくなってしまうということになりかねません。お家芸の危機でなくなれば、もっと危機が訪れるということです。
そもそも、日本生まれの競技が世界でこれだけ愛され、五輪にも採用されている。本来それだけでとても価値があることであり、自国民として誇っていいことではないでしょうか。
追記(2008年8月24日)
種目の採用基準に関しては、オリンピック憲章をごらんください。
http://joc.or.jp/olympic/charter/