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ぼちぼち そこそこ

脱力と諦観でつづるおっさんの日常

門川市長コウモリ説 就任1年

京都市の門川大作市長が就任1年を迎えました。
平成21年2月17日門川市長記者会見
2年目の抱負で目を引くのは職員の人事管理制度の構築あたりでしょうか。組合が抵抗するなかで、これがやりきれたらすごいと思います。
前任の桝本市長もそうでしたが、門川市長は市教委の出身です。市教委出身の市長が2代続けて出ている政令市というのはたぶん全国でも珍しいのではないかと思います。なんでそうなったのかについてはいろいろな政治力学の結果であろうとしかいいようがありませんし、ここでは触れません。
ただ言えることは、市長部局出身ではないということです。市長部局の職員からみた場合に「外の人」という意識を持たれているのは間違いないと思います。まあ元国会議員でも民間経営者でも外の人には違いないんですが、微妙な立場の外の人です。
一方、市民からみれば、市教委出身とはいえ、しょせん「御池」(市役所は御池通に面している。市役所なり、市職員なり、京都市の体制そのものを指す隠語)じゃないか。すくなくとも市民側の人間じゃないだろう、となります。
市長部局の職員からも市民からも「われわれの側の人ではない」とみられている。市職員や市民にとっては、けものでも鳥でもないコウモリのような存在として映るのかもしれません。
たしかにコウモリの寓話ではコウモリはあまりよくない存在として描かれています。しかしコウモリも立派な動物です。コウモリなりのやりかたというのがあるはずです。というか、コウモリの特性をむしろ生かした市政運営というのもありうるのではないかと考えます。人事管理制度の構築もふくめてぜひがんばっていただきたいと思います。
(過去エントリー)
京都市長=パチャウリ説「共汗」と「市民会議」