ぼちぼち そこそこ

脱力と諦観でつづるおっさんの日常

アガるということ

ちょっと人前で楽器を演奏する機会がありました。

今年に入ってから何回かやるようになって、だんだん場慣れしてきたかな。

むかしに比べてアガることも少なくなったように思います。

アガるってことは緊張することとほぼ同義なのかな。

いい演奏をする秘訣として「力を抜く」というのがあるわけですが、緊張する人ってのは力を抜こうと思っても緊張してつい力がはいっちゃうわけですよ。力が抜ければ苦労はしない。

いままでそう思ってたんですが、今回は「力を抜く」ってことが少しわかったような気がしました。

ただ、どうしたら力を抜くことができるかは依然としてわかりません。頭で考えてすぐ実践できることじゃないなあと。

けっきょくは場数なのでしょうか。

人前で話したり、競技に臨む人にもあてはまる話なんだろうな。

嫁が「子どもにきつくあたってしまい、自己嫌悪だ」とメールを送ってきました。嫁はけっこう思い詰めるタイプなので、なるべく話をきくようにしています。

勤め先にエスカレーターがあります。

あまり利用者がないので、数年前に経費削減策としてもっと省エネ仕様にできないか社内検討がありました。

人が近づいたらセンサーが感知して運転開始するとかです。

でも改修に莫大な額がかかることがわかり、それで節約できる電気代とくらべてちっとも経費節減につながらないことから取りやめになりました。

いまのハイブリッドカーも似たようなところがあるかと。長く乗り続けようとすると蓄電池の交換とか費用がばかにならないとか聞くし。

というわけで、ハイブリッドへの乗り換えを考えあぐねているところです。

昨夜は久しぶりに鍋を家族で囲みました。

子どもは肉しか食べないなあ。

わたしはどちらかというと野菜のほうがいいかな。

途中からうどんを入れて、子どもが喜んで食べてましたが、塩味なので中華麺でもおいしかったかも。

残った出汁はけさ、すこしのばして中華麺やもやしを入れ、もやしラーメン風にして食べました。

さいきんは残り物をどう活用するかに命をかけてますw

またまた母親の話です。

80前で、今年、心臓の手術もして、正直、だいぶ体が衰えてきました。

なのに、丈夫だったころと同じように畑仕事をしたり、家事をしたりします。

そうしては「体がしんどい」「もう死んだほうがまし」などと家族にこぼしたり、あたりちらしたりします。体調が気分を左右する老人特有の現象です。

私も嫁もそれではたまらないので、畑仕事などをしないよう母親に言うのですが、「自分はいままでこれしかやってこなかったので、いまさらやめられない」などと言って、また作業し、疲れると周囲にあたるという無限ループです。

気持ちはわかるが、周囲の人間はたまりません。どうしたらいいのでしょうか。読売新聞の発言小町に投書してみようかな。