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ぼちぼち そこそこ

脱力と諦観でつづるおっさんの日常

主観競技と客観競技

ソチ五輪は終わっちゃいましたけど、五輪をみてて思ったことです。冬季の競技は「主観競技」が多いなあと。

たとえば100メートル走や水泳なんかはとにかく早くゴールに着いた者が勝ちです。走りや泳ぎのフォームなんてどうでもいいです。

これに対し、新体操あたりはいかに美しく見せるかで採点が変わり、結果、勝ち負けがつきます。シンクロなんかもそうですね。採点というのは人間がやっているわけで、審判によって点数がよかったり悪かったりします。それが時に物議をかもしたりします。

冬季の競技でいうと、スキーの滑降やスピードスケートは前者です。後者はフィギュアやモーグル、スノボなんかでしょう。

もともと冬季はだいたい夏季にくらべて競技が地味で、盛り上がりもいまいちでした。

以下は想像なのですが、盛り上げようとして、見た目が派手な競技が導入されてきたように思います。フィギュアは昔からありましたが、モーグルやスノボは割と新しいです。

これらのショーアップ系競技は見た目が派手なことが重要ですから、見た目が派手なことを人間が採点して勝ち負けを決めるということになります。

採点制の競技というのは、ひとつは結果がすぐにわかりません。フィギュアなんかも滑り終わって点数が出てやっと結果が判明します。もうひとつはいうまでもなく、採点のメカニズムというのが素人にわかりにくく、採点者の主観に左右されるという点があります。

その点、100メートル走なんかは、1番にゴールした人が勝者ということで非常にわかりやすいです。

冬季五輪をなんとか盛り上げようとして主観競技をたくさん導入するのは仕方ないことなんでしょうが、スポーツとしては客観競技のほうがわかりやすくておもしろいなあ、と個人的には感じます。

たとえばスキーのジャンプなんかも、距離と飛ぶ姿勢で勝ち負けが決まりますが、単純に遠くまで飛んだ人が勝ち、ということで別にいいんじゃないかと思うのですが。