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ぼちぼち そこそこ

脱力と諦観でつづるおっさんの日常

卒業試験

この季節になると、決まって同じような夢を見てうなされます。

今から30年以上前のことです。大学4年のわたしは卒業を前に最後の試験に臨んでいました。

科目は英語だったのですが、試験を終えて「これはあかん」と思いました。就職も決まっていました。この英語を落として留年すれば就職もおじゃんになるでしょう。

わたしは意を決して教授の研究室のドアをたたきました。そして「追加のレポートでもなんでも出しますからなんとかしてください」と教授に頭を下げました。

われながら虫のいい話です。わたしみたいな学生は毎年、何人かいると見えて、教授からは「まあまあ」みたいな感じで軽くいなされました。必ずなんとかなるという言質は当然ながら得られませんでしたが、一方で、なんとなく暗黙の了解みたいなものが2人のあいだにあるなあ、との感触も持ちました。

そして、試験結果の発表日。わたしは卒業旅行に出ていて、日本にいた同級生に大学へ結果を見に行ってもらいました。今と違って携帯などないので、同級生が自宅にいる母親にその結果を伝え、わたしが同級生の自宅に国際電話をかけて母親から結果を聞くということになりました。

いまから考えると同級生もそんなややこしい役目をよく引き受けてくれたなあと思うのですが、同級生のお母さんに電話したところ、暗黙の了解通りなんとか卒業できることがわかったわけです。

このひやひや感が後を引いているのでしょう。今でも毎年のように「卒業できないかも」という恐ろしい夢を見続けているわけです。

ちなみに大学受験や入社試験の夢はほとんど見ません。いつも出てくるのは卒業試験のことばかりです。それだけ自分にとって大きな体験だったということなんでしょうね。