ぼちぼち そこそこ

脱力と諦観でつづるおっさんの日常

半ズボン事件(笑)

夏といえばプールですね。子どものころ、夏休みも小学校のプールが開放されていて、よくいきました。

忘れもしない小1の夏、プール開放にいったときのことです。さんざん泳いだあと(正確にいうとそのころはまだ泳げませんでしたが)、着替えて帰宅する時間になりました。

なぜが私の半ズボンが見当たらないのです。探してもありません。誰かが間違えてはいて帰ってしまったのか。小学校に入ったばかりの年齢ですから、半べそ状態です。

それでも、ずっと学校にいるわけにもいかないし、自宅に帰らねばなりません。パンツ姿で(笑)

ふびんに思ったのでしょう、同じ方向に帰る近所の上級生たちがひとつの提案をしてくれました。

わたしがはずかしくないようにみんなの水泳バッグでわたしのパンツ姿を隠すという作戦です。

上級生たちはわたしを取り囲むようにして歩き、わたしの腰のあたりを水泳バッグで覆ってくれました。

それはそれで傍目からは変に見えたかもしれませんが、上級生の心遣いがうれしかったのをおぼえています。

いまから考えれば、小1の男児がパンツ姿で歩いていても大人はそんなに気にとめないかなあ、とも思いますが。やっぱ、気にとめるかな。

英語教材

今から50年近く前の話です。

わが家に英語教材のセールスがきました。いまでも鮮明に覚えています。私は幼稚園に入るかどうかの年齢だったと思いますが、対応した父母に同席させられました。

たぶんセールスの手口だと思うのですが、「りんごは英語でなんと言うのかな」などと聞いてきます。私が「アップル」と答えると、「この年齢なのにすごいねえ」などとおだてられ、そういうやりとりが何回かあったかと思いますが、今度はセールストークが父母に向けられました。「息子さんはきっと英語の才能がありますよ。ぜひうちの教材で才能をのばしてください」と購入を持ち掛けてきました。

セットは英語の百科事典や、テキストを電気ペンで指すとランプが点灯して正答かどうかがわかる問題集などです。この電気ペンが面白かったからだと思いますが、父親が「ちゃんと勉強するか?」と聞くのに対して、私は「やる」と返事をしてしまいました。

両親も内心は息子に断ってほしかったんだと思いますが、なにせ教育のことですし、子どもが「うん」と言ってしまった以上、買わないわけにもいかなくなったのでしょう。なんと購入に至りました。両親に聞いたことがないので値段ははっきりとわかりませんが、当時で10万単位だったのだろうと推測されます。

最初、すこしは取り組んだものの、幼稚園くらいの子どもが自分で進んでずっと続けるわけがありません。その後は無用の長物になり、半世紀近くが経過しているわけです。

いまでも百科事典は家の本棚を占拠しています。これを見るたびに私はほんとに両親に申し訳ない気持ちになります。幸い、妻や子どもは「あの百科事典はなんだ?」と突っ込んでこないので、わたしの威厳もいくらか保たれているのでしょう。

礼服事件(笑)

仕事の関係で葬式に行くことになって黒の礼服を自宅で探しました。

上着は見つかったのですが、ズボンが見当たらない。そこらへんを探しているとそれらしき黒いズボンが見つかったので、はきました。

エストがぜんぜんきつくて、前のホックがはまりません。「ダイエットしてるはずなのにおかしいなあ」と思いながらもベルトを着けました。チャックがちゃんとしまらないので、カッコ悪いのですが、上着で隠れてしまうので、ぱっと見はなんとかなります。

葬式を終えて自宅に戻ってズボンを脱ぎました。「ウエストは何センチなんだろうな」とおもって内側のタグをさがしていると、長男の名前がかいてあって「学生服」とタグがついてるではないですか。

わたしがはいていたのは長男の学生ズボンだったのです。どうりできついはずです。そりゃ、ホックがはまらないはずです。

なのに、ズボンの丈はそんなに違和感なかったんだよな。どっちかというと、そっちがショックです。

デフレ

いまから30数年前、東京で学生生活を送りました。

貧乏だったので、食事は大学の生協食堂が主体でした。当時、いちばん安い定食は200円でした。それではさすがに栄養的にいまいちということで、わたしはその上のランクの270円の定食をよく利用していました。肉の炒めたのとフライものに付け合わせの野菜、ごはん、みそ汁だったと思います。これで文字通り食いつないでました。

そして現在。働くようになって30年余。それなりに稼ぐようになって、妻子を養っているわけですが、外食にお金をかけるようになったかというと、必ずしもそうでないような気がします。

もちろん夜に飲み食いする場合はそれなりの額を払うのですが、昼食だとそんなにお金を使わないような気がします。栄養的には家で食べるときにバランスがとれるので、昼食は簡便に済ませてしまうことが多いのです。

ちょっと前まで牛丼チェーンだと1食300円までで食べられました。うどんのチェーン店で「すうどん」を注文してもまあそんなくらいの額です。

勤め先には社員食堂もあり、そこだとかけそばなら100円台で1食が済んでしまいます。

学生時代、大学の近くに中華定食屋があり、1食550円の定食を食べるのをたまのぜいたくにしていました。そのことを考えると、たべものの値段というのはあんまり上がってないような気がします。自分の食生活がかわったのもあるのかもしれないけど、これがデフレというものなのではないかと感じます。

モヤシの値段が安すぎることが問題になっています。うちの近所のスーパーだったら1袋20円くらいで売ってます。これは、どう考えても30数年前からあんまり値段がかわってないということなのではないでしょうか。卵も「価格の優等生」などといわれます。

物価が上がらないことのメリットももちろん多いのはわかりますが、いいんだかわるいんだか、という印象です。これからの日本はデフレと人口減少でなかなか景気のいい話がだんだんすくなくなっていくということなんでしょうか。

リバウンド

4月下旬からダイエットに取り組んでいます。

20年ほど前に最高80キロ近くまでいき、そこから10キロくらい落としたことがあります。

今回は78~9キロくらいまでいきました。そこから始めて、現在75キロ台です。とりあえずの目標は75キロ以下なのですが、なかなか落ちません。

代謝が落ちているからだろうと思います。

夜は豆腐やコンニャクなどを食べながら酒を飲んでいます。ご飯は食べません。ほんとは酒も控えたほうがダイエット効果は上がるのでしょうが、これだけはやめられません。

先日も酒を飲んでたら、前に紹介したタイカレーラーメンの袋が目に入り、夜中につくって食べてしまいました。

愚行は翌朝の体重計にはっきりと出ます。道のりは長いと言わねばなりません。

さばカレー

50代のわたしが幼いころ、牛肉はたいへん高価なものでした。いちばんのごちそうはすき焼きで、なにか祝い事とかでないと口にできなかったような気がします。

そんな時代というか家庭でしたからカレーに牛肉が入るということもまれでした。

じゃあ、カレーの具はなんだったかというと、缶詰のさばの水煮が入っていました。

わたしはこのさばカレーがあまり好きではありませんでした。子どもはそもそも青魚が苦手だし、煮てあるというのもマイナス要素としてあるのでしょう。

さばの水煮は骨も入っています。ぽろぽろになってるから食べられなくはないのですが、あの食感がいやでした。

カレー自体は好物でしたが、具がさばだとテンション下がったなあ。

さすがに後年になると肉が入るようになりました。うちは父親が鶏肉嫌いだったので、肉はまあ牛肉を使うようになったと思います。

大人になってから一時期、カレー作りにはまっていました。牛、豚、鶏、コンビーフなどいろいろ試してみました。その中で、「むかし、さばカレーを食べさせられたなあ」となつかしく思ってさば缶でカレーをつくってみたことがあります。「さばのカレー煮」と考えれば食べられなくもなかったですが、ご飯にかけるカレーと考えれば、やっぱりおいしいものではありませんでした。よほどのことがなければまたつくることはないと思います。

焼きチキンラーメン

またまたなんちゃってアイデア料理です。

むかしからチキンラーメンの汁なしをよくつくります。

つくりかたは簡単です。すこしのお湯でチキンラーメンを半ゆでにした後、野菜や肉と炒めるだけです。夏なんかはゴーヤチャンプルーのだし&具としてチキンラーメンを使う手もあります。チキンラーメンのスープがいい味を出すのです。

汁気がないから、ビールのお供にも最適です。

べつに私だけがやってるわけでなく、広く行われているようです。数年前は日清から黒いパッケージの「焼きチキンラーメン」も出ていました。「やっと日清もわたしに追いついてきたか」と思ったものです(笑)。さいきんはあんまり見ないから、評判はいまいちだったのかな。

これから夏は「焼きチキン」の季節です。先日もカレー粉を少し入れてみたら家族に好評でした。

ネットをみてると「チキンラーメン炒飯」というレシピも人気です。ご飯を炒めている途中に、細かく砕いたチキンラーメンを入れるんだそうです。これもチキンラーメンがだしの役割を果たすということですね。

またなにか考えてみよう。